内容証明でも解決しない時は「少額訴訟」?自分でできる手続きの流れと行政書士による支援範囲

「内容証明郵便を送ったのに、相手から無視されている」「返事は来たが、支払いを拒否された」
法的トラブルの解決に向けて第一歩を踏み出したものの、相手が誠実に対応してくれず、壁にぶつかってしまうケースは少なくありません。ここで多くの人が頭を抱えるのが、「これ以上進めるには弁護士に頼むしかないのか? でも費用が高すぎる…」というジレンマです。
数十万円の貸金や未払い家賃、慰謝料などのトラブルにおいて、数十万円の着手金を払って弁護士に依頼するのは、費用対効果(コストパフォーマンス)が見合わず、実質的に「泣き寝入り」を強いられる原因となっていました。
しかし、諦めるのは早いです。法律は、一般市民が弁護士をつけずに自力で利用できる「少額訴訟(しょうがくそしょう)」という制度を用意しています。たった1日で審理が終わり、費用も数千円から利用できるこの制度は、まさに「少額トラブル解決の切り札」です。
この記事では、内容証明後の次の一手となる「少額訴訟」の具体的な手続きフローと、自分で手続きする際に「行政書士」や「司法書士」がどこまで支援してくれるのか、その法的な役割分担について徹底解説します。
少額訴訟とは?通常訴訟との違いとメリット・デメリット
まず、少額訴訟が通常の裁判とどう違うのか、その特徴を理解しましょう。すべてのケースで使えるわけではなく、明確な条件があります。
利用できる条件:60万円以下の金銭請求のみ
少額訴訟を利用するための絶対条件は以下の通りです。
- 請求金額が60万円以下であること:60万1円でも超えれば利用できません。利息や遅延損害金は含まず、元金のみで判断します。
- 金銭の支払いを求める請求であること:「部屋を明け渡せ」「謝罪しろ」といった要求には使えません。「お金を払え」という請求専用です。
- 同一の裁判所で年10回まで:金融業者などが乱用するのを防ぐための制限です。
60万円以下で使える少額訴訟の3つのメリット
- 原則1回の審理で終わる(即日判決):
通常の裁判は月に1回程度、何度も通う必要がありますが、少額訴訟は「その日のうちに話し合い、その日のうちに判決が出る」のが原則です。スピーディーな解決が可能です。 - 費用が安い:
例えば10万円の請求なら、裁判所に納める手数料(印紙代)はたったの1,000円です。これに切手代(数千円)を加えるだけで手続きできます。 - 手続きがシンプル:
法的な専門知識がない一般市民が本人で利用することを前提に設計されており、裁判官も専門用語を使わず、分かりやすく進行してくれます。法廷というよりは、円卓(ラウンドテーブル)を囲んで話し合う形式が一般的です。
見逃せないデメリットとリスク
一方で、少額訴訟には特有のリスクもあります。
- 相手が拒否すれば「通常訴訟」へ移行する:
相手(被告)には、「少額訴訟ではなく、普通の裁判でやってくれ」と求める権利があります。相手が移行を申し立てると、自動的に通常訴訟に切り替わり、手続きが複雑化・長期化します。 - 控訴(こうそ)できない:
判決に不服があっても、上の裁判所(高裁など)にやり直しを求める「控訴」ができません。その裁判所への「異議申し立て」は可能ですが、基本的には「一発勝負」です。 - 分割払いの判決が出ることもある:
勝訴しても、裁判官の判断で「3年以内の分割払い」や「支払猶予」などの判決が出ることがあります。一括での回収にこだわりたい場合は不向きかもしれません。
自分でできる!少額訴訟の手続きフロー【完全ガイド】
弁護士をつけずに、自分自身(本人訴訟)で少額訴訟を行う手順をステップごとに解説します。
Step 1:訴状の作成と証拠の準備
まず、裁判所に提出する「訴状(そじょう)」を作成します。難しそうに聞こえますが、裁判所の窓口やWebサイトに「定型用紙(ひな形)」が用意されており、穴埋め形式で記入できるようになっています。
同時に、自分の主張を裏付ける「証拠」を準備します。
- 契約書・借用書:お金の貸し借りや契約の事実を証明します。
- LINEやメールの履歴:「返します」「待って」といったやり取りがあれば、相手が借金を認めている強力な証拠になります。
- 内容証明郵便と配達証明書:「すでに請求した事実」と「相手が受け取った(あるいは拒否した)事実」を証明します。
Step 2:管轄の簡易裁判所へ提出
書類が揃ったら、相手方の住所地を管轄する簡易裁判所に提出します(持参または郵送)。
必要な費用:
- 収入印紙:請求額に応じた手数料(例:10万円まで1,000円、20万円まで2,000円…60万円で6,000円)。
- 予納郵券(郵便切手):裁判所から相手に書類を送るための切手代。裁判所ごとに異なりますが、概ね3,000円〜6,000円程度です。余れば返還されます。
Step 3:期日の指定と呼出状の送達
訴状が受理されると、裁判所と相談して「裁判の日(期日)」を決めます。通常は申し立てから約1ヶ月〜1ヶ月半後の日付になります。
裁判所から相手方に「訴状副本」と「呼出状」が特別送達で郵送されます。相手がこれを受け取ると、いよいよ訴訟開始です。
相手が居留守などで郵便を受け取らない場合、手続きが進みません。この場合、休日に送達してもらう「休日送達」や、勤務先に送る「就業場所送達」、最終的には「書留を送った時点で届いたとみなす(付郵便送達)」などの手続きが必要になります。
Step 4:裁判期日当日(審理・判決)
指定された日時に簡易裁判所へ行きます。通常の法廷ではなく、会議室のような「ラウンドテーブル法廷」で行われることが多いです。
裁判官、司法委員(民間の有識者)、あなた(原告)、相手(被告)がテーブルを囲み、話し合い形式で審理が進みます。
お互いの言い分を聞いた後、裁判官はまず「和解(話し合いでの解決)」を勧めます。「毎月〇万円ずつの分割なら払えるそうですが、どうですか?」といった調整が行われます。
和解が成立すれば「和解調書」が作られ、これは判決と同じ効力を持ちます。和解できなければ、その日のうちに判決が言い渡されます。
行政書士はどこまで手伝える?「本人訴訟支援」の境界線
さて、ここで重要なのが「専門家の活用」です。「自分でやるのは不安だから、行政書士に書類を作ってほしい」と考える方がいますが、ここには法律による厳格なルール(制限)があります。
行政書士は「裁判所提出書類」を作成できない
結論から言うと、行政書士は、訴状や答弁書といった「裁判所に提出する書類」を作成することが法律で禁止されています。
弁護士法72条および司法書士法に基づき、訴訟に関する書類作成や代理業務は、弁護士および司法書士(簡裁訴訟代理等関係業務認定会員)の独占業務となっているからです。
したがって、行政書士に「少額訴訟の訴状を書いてください」と依頼しても、まともな行政書士であれば断ります。もし引き受ける行政書士がいれば、それは違法行為(非弁・非司行為)を行っている可能性が高く、トラブルのもとです。
行政書士ができる支援範囲
では、行政書士は全く役に立たないのでしょうか? そうではありません。裁判になる「前段階」においては、行政書士のサポートが非常に重要になります。
- 内容証明郵便の作成代理:
裁判の証拠となる内容証明郵便を、法的に整った文章で作成し、発送手続きを代行できます。 - 事実証明に関する書類作成:
契約書が存在しない場合の「事実確認書」や、当事者間の合意書などを作成し、証拠作りを支援できます。 - 公的書類の収集:
相手の住所を調べるための住民票や戸籍の附票、法人の登記事項証明書などを職務上請求で取得できます。
つまり、行政書士は「裁判に至る前の証拠固め」や「相手の特定」においては強力なパートナーとなりますが、いざ「裁判所の手続き」に入るとバトンタッチが必要になるのです。
裁判書類を頼むなら「認定司法書士」
「自分では訴状が書けない」「平日昼間に裁判所に行けない」という場合は、弁護士か、あるいは「認定司法書士」に依頼するのが正解です。
法務大臣の認定を受けた司法書士(認定司法書士)は、「請求額が140万円以下の簡易裁判所の事件」に限り、弁護士と同じように代理人として法廷に立つことができます。もちろん、訴状の作成も可能です。
費用も弁護士に比べて比較的安価な傾向にあるため、少額訴訟のパートナーとしては最適と言えるでしょう。
| 業務内容 | 行政書士 | 認定司法書士 | 弁護士 |
|---|---|---|---|
| 内容証明の作成 | ○ | ○ | ○ |
| 裁判書類(訴状)作成 | ×(不可) | ○ | ○ |
| 法廷での代理人 | ×(不可) | ○(140万以下) | ○ |
少額訴訟で勝訴した後の「回収」問題
裁判で勝訴判決(または和解)が出ても、安心してはいけません。「判決=自動的に口座にお金が振り込まれる」わけではないからです。
相手が支払わない場合の「強制執行」
判決が出ても相手が支払いを無視する場合、裁判所に申し立てて相手の財産を無理やり取り上げる「強制執行(差押え)」を行う必要があります。
しかし、強制執行をするためには「相手の財産(どの銀行のどの支店に口座があるか、勤務先はどこか)」をこちらで特定しなければなりません。裁判所が調べてくれるわけではないのです。
少額訴訟債権執行という簡易ルート
通常の強制執行は手続きが煩雑ですが、少額訴訟の判決等に基づいた場合に限り利用できる「少額訴訟債権執行」という制度があります。
これは、判決を出した簡易裁判所でそのまま差押えの手続きができる簡易版の強制執行です。これにより、相手の預金口座や給料を差し押さえるハードルが少し下がります。
ただし、やはり「相手の口座情報」などは自分で調べる必要があるため、裁判前の段階(内容証明を送る段階)で、振込先の口座情報や勤務先情報を把握しておくことが、回収率を上げるカギとなります。
少額訴訟に関するQ&A
A. あなたの勝ち(勝訴)になります。
相手が答弁書(反論書)を提出せず、かつ当日に欠席した場合、あなたの主張をすべて認めたものとみなされ、請求通りの判決が出ます。これを「欠席判決」といいます。
A. 訴訟費用(印紙代や切手代)は自己負担となります。
勝訴すれば、判決の中で「訴訟費用は被告の負担とする」と認められるのが一般的ですが、敗訴した場合は自分が払った費用は戻ってきません。また、相手が弁護士を雇っていたとしても、相手の弁護士費用まで負担する必要は原則としてありません(不法行為など一部例外を除く)。
A. 書類作成を伴わない「相談」や「アドバイス」なら可能です。
例えば、「訴状の書き方の本を紹介してもらう」「法的な論点を整理してもらう」「証拠の整理を手伝ってもらう」といった範囲であれば、行政書士でも対応可能な場合があります。ただし、実質的に訴状の内容を口述筆記させるような行為は違法となるリスクがあるため、裁判手続きそのものの相談は司法書士や弁護士にするのが無難です。
まとめ:まずは自分で、難しければ「認定司法書士」へ
内容証明で解決しなかった場合の「少額訴訟」について解説しました。
- 少額訴訟は「安く・早く・簡単」にできる、60万円以下のトラブル解決の強力な手段。
- 自分(本人訴訟)で行う場合、裁判所のひな形を使えば手続き自体は難しくない。
- 行政書士は裁判書類を作れないため、訴状作成を依頼したいなら「認定司法書士」を選ぶべき。
- 勝訴後の回収(強制執行)まで見据えて、相手の財産情報を把握しておくことが重要。
「裁判」と聞くと身構えてしまいますが、少額訴訟は市民のために開かれた制度です。泣き寝入りする前に、まずは管轄の簡易裁判所の窓口で相談してみるか、お近くの認定司法書士に相談することをお勧めします。
正当な権利を実現するために、法律という武器を賢く使いこなしてください。
