内容証明で借金の「時効」は止まる?完成猶予(中断)のルールと6ヶ月以内にすべき手続き

「お金を貸してからもうすぐ5年(または10年)が経つ。このままだと時効になってしまう」「内容証明郵便を送れば時効が止まると聞いたが、本当だろうか?」
借金や未払い金などの債権には「消滅時効」が存在します。権利を行使しないまま一定期間が経過すると、相手が「時効だ」と主張(援用)することで、法的に請求権が消滅してしまいます。これを防ぐために「時効を止める」手続きが必要不可欠ですが、ここで多くの人が重大な勘違いをしています。
「内容証明郵便を送れば、時効がリセットされてまた5年・10年伸びる」というのは間違いです。
正しくは、内容証明郵便による請求は「一時的な時間稼ぎ」に過ぎず、その後に裁判などの正式な手続きをしなければ、時効は完成してしまいます。2020年の民法改正により、「中断」や「停止」といった用語も「更新」「完成猶予」へと整理され、ルールの理解が一層重要になりました。
この記事では、内容証明郵便を用いた時効の「完成猶予」の仕組みと、その後6ヶ月以内に必ず行わなければならない法的手続き(裁判上の請求、支払督促など)について、改正民法に基づき徹底解説します。大切な資産を無にしてしまわないよう、正しい手順を確認してください。
内容証明を送るだけで時効は止まる?【結論と新民法のルール】
まず、最も重要な結論と、基本的な用語の整理から解説します。ここを誤解していると、せっかく内容証明を送っても全てが無駄になる恐れがあります。
結論:内容証明だけでは「6ヶ月の仮止め」のみ
結論から言えば、内容証明郵便で請求書(督促状)を送る行為だけでは、時効期間を完全にリセット(ゼロに戻すこと)はできません。
内容証明を送ることで得られる効果は、「時効の完成を6ヶ月間だけ先延ばしにする」という一時的な猶予措置だけです。これを法的には「催告(さいこく)による時効の完成猶予」と呼びます。
この6ヶ月の間に、訴訟を起こすなどの強力な手段を講じなければ、延長された期間が過ぎた瞬間に時効が成立してしまいます。
改正民法での用語変化:「中断」から「更新・完成猶予」へ
かつての民法では「時効の中断」「時効の停止」という言葉が使われていましたが、2020年4月の改正民法で以下のように整理されました。現在はこの用語で理解する必要があります。
- 時効の更新(旧:中断):
時効期間がリセットされ、またゼロからカウントが始まること(例:確定判決が出た、相手が借金を認めた)。 - 時効の完成猶予(旧:停止):
時効のカウントダウンを一時的に止めること。障害がなくなればまた進行する、あるいは一定期間だけゴールを後ろにずらすこと(例:内容証明による催告、裁判中の期間)。
つまり、内容証明郵便を送る行為は「更新(リセット)」ではなく、あくまで「完成猶予(一時停止)」の効果しか持たないのです。
一般的な借金(貸金)や売掛金の時効期間は以下の通りです。
- 2020年4月1日以降の契約:「権利を行使できることを知った時から5年」または「権利を行使できる時から10年」
- 2020年3月31日以前の契約(旧法適用):個人的な貸し借りは10年、商事債権(銀行や消費者金融からの借入、売掛金など)は5年、飲食代は1年など(職業別の短期消滅時効あり)。
いずれにせよ、期限ギリギリの場合は内容証明による「完成猶予」が最後の砦となります。
「催告(内容証明)」による時効完成猶予の仕組み
では、具体的に「催告」によってどのような法的効果が発生するのか、その要件と限界について解説します。
民法150条「催告」のルール
民法第150条には以下のように規定されています。
催告があったときは、その時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。
「催告」とは、相手に対して「金を返せ」「義務を果たせ」と請求することです。この意思表示が相手に到達した時点で、そこから6ヶ月間は時効のゴールテープが遠ざかります。
例えば、時効完成まであと3日で内容証明が届けば、そこから約半年間は時効になりません。この期間中に訴訟の準備を行い、提訴することで、初めて時効を「更新(リセット)」できるのです。
なぜ「内容証明郵便」でなければならないのか
法律上、「催告」の方法に形式の指定はありません。口頭でも、メールでも、LINEでも、請求の意思が相手に伝われば「催告」になります。
しかし、実務上は必ず「内容証明郵便(配達証明付き)」を利用します。理由は「証拠能力」の一点に尽きます。
- いつ届いたか(確定日付):時効完成ギリギリの場合、「何月何日に届いたか」が1日ずれるだけで勝敗が決まります。配達証明があれば、到達日を郵便局が公的に証明してくれます。
- どんな内容か:「ただの手紙だった」「挨拶状だった」としらを切られないよう、請求の意思表示があったことを謄本で証明する必要があります。
【重要】催告は「1回限り」しか使えない
ここが最も注意すべき落とし穴です。「6ヶ月ごとに内容証明を送り続ければ、永遠に時効を延長できるのでは?」と考える方がいますが、これは認められていません。
民法150条2項には、「催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告は、前項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない」と明記されています。
つまり、内容証明による延長カードは1回しか使えないのです。最初の内容証明から6ヶ月以内に裁判などを起こさなければ、2通目の内容証明を送っても時効は完成してしまいます。
時効を完全にリセット(更新)するために必要な手続き
内容証明で6ヶ月の時間を稼いだら、その間に必ず以下のいずれかの手続きを行い、時効を「更新(リセット)」しなければなりません。
1. 裁判上の請求(通常訴訟)
地方裁判所や簡易裁判所に訴状を提出して、訴訟を提起することです。
訴訟を提起した段階で、裁判が終わるまで時効の完成は猶予されます(裁判上の請求による完成猶予)。そして、勝訴判決が確定すれば、その時点で時効が「更新」され、新たに10年間の時効期間がスタートします。
2. 支払督促(しはらいとくそく)
簡易裁判所の書記官に対して申し立てる手続きです。書類審査のみで相手に支払いを命じてもらえるため、訴訟より安価で迅速です。
支払督促が相手に送達された時点で時効の完成猶予効力が生じます。相手が異議を申し立てなければ「仮執行宣言」が付され、最終的に確定すれば判決と同じく時効が更新されます。
3. 民事調停の申し立て
裁判所で調停委員を交えて話し合う手続きです。申し立ての時点で時効の完成猶予が生じます。
調停が成立し、調停調書が作成されれば、確定判決と同じ効力を持ち、時効は更新されます。ただし、話し合いが決裂(不調)した場合、そこから1ヶ月以内に訴訟を提起しないと、時効期間が進行してしまうため注意が必要です。
4. 債務の承認(相手に認めさせる)
裁判所を通さずに時効を更新する唯一の方法が「承認」です。相手が「借金があることを認める」行為をすれば、その時点で時効はリセットされます。
具体的には以下のような行為が「承認」にあたります。
- 「もう少し待ってほしい」と支払い猶予を懇願する書面やメールを送る。
- 借金の一部(たとえ1円でも)を弁済する。
- 債務承認弁済契約書にサインする。
内容証明を送った後、相手から連絡があり「来月少し払うから待ってくれ」と言質を取れれば(録音や書面化が必要)、無理に裁判をしなくても時効は更新されます。
債権回収のテクニックとして、「全額返せとは言わない、とりあえず1000円だけでいいから振り込んでくれ」と交渉する方法があります。相手がこれに応じれば「債務の一部承認」となり、時効は完全にリセットされます。逆に言えば、自分が債務者の立場の場合、時効期間経過後にうっかり1円でも払うと、時効を援用できなくなる(時効利益の放棄)恐れがあるため注意が必要です。
内容証明を送るタイミングと注意点
内容証明を送るべきタイミングや、実務上の細かいリスクについて解説します。
時効完成ギリギリに送るときの注意(到達主義)
催告の効力が発生するのは、発送した日ではなく「相手に到達した日」です(民法97条1項)。
時効完成日が明日なのに、今日郵便局から発送しても、明日中に届かなければ手遅れになる可能性があります。ギリギリの場合は、速達扱いの内容証明を利用するなど、配送日数への配慮が不可欠です。
相手が不在で受け取らなかった場合
相手が不在で保管期間経過により返送された場合、あるいは居留守を使って受取拒否をした場合はどうなるでしょうか。
- 受取拒否:判例上、正当な理由のない受取拒否は「到達」したとみなされます。返送された封筒を開封せずに証拠として保管します。
- 不在返送(宛所不明でない):住所は合っているが不在で戻ってきた場合、原則として到達していないと解釈されるリスクがあります。しかし、判例によっては、相手が内容を知り得る状態にあった(不在票が入った)ことで到達を認めるケースもあります。
- 宛所不明:相手が引っ越していて届かない場合、催告の効果は発生しません。この場合は直ちに「公示送達」の手続きを検討する必要がありますが、公示送達は「意思表示の到達」には使えても、それだけで時効が止まるわけではありません。結局は訴訟提起(公示送達による訴状送達)が必要です。
逆に「時効援用」を誘発するリスク(藪蛇)
もし、計算違いですでに時効期間(5年など)が経過していた場合、内容証明を送ることは「藪蛇(やぶへび)」になります。
それまで相手は時効のことを忘れていたのに、内容証明という物々しい手紙が届いたことで、「司法書士や弁護士に相談しよう」というきっかけを与えてしまいます。その結果、「時効援用通知書」が送り返されてきて、完全に回収不能になるケースが多々あります。
内容証明を送る前には、最終取引日や弁済期を契約書や通帳で徹底的に確認し、「まだ時効期間内であるか」を確信してから送る必要があります。
内容証明・時効に関するQ&A
最後に、よくある疑問をQ&A形式でまとめました。
A. 有効です。
内容証明に決まった書式(1行の文字数や行数など)さえ守っていれば、個人名で送っても弁護士名で送っても、「催告」としての法的効果は同じです。ただし、相手に与えるプレッシャーや、その後の交渉・訴訟を見据えると、弁護士名義の方が解決への近道となることが多いです。
A. 「催告」としては有効になり得ますが、おすすめしません。
法的には意思表示が到達すれば催告となりますが、裁判になった際、相手が「そのメールは見ていない(迷惑メールに入っていた)」「LINEのアカウントは乗っ取られていた」などと反論してくるリスクがあります。確実性を求めるなら、配達証明付き内容証明一択です。
A. 時効の完成猶予効力が消滅し、時効が完成します。
6ヶ月以内に訴訟等を起こさなかった場合、その内容は「初めからなかったこと」と同じ扱いになり、時効期間はさかのぼって進行したとみなされます。再び内容証明を送っても効果はありません(再度の催告の禁止)。直ちに相手に連絡を取り、債務の承認(一部弁済など)を引き出すしか道は残されていません。
A. 一か八かの賭けとしてはあり得ます。
時効期間が過ぎていても、相手が「時効の援用」をしない限り、債権は消滅しません。内容証明を送った結果、相手が知識不足で慌てて「少し待ちます」「払います」と言ってくれば、それは「債務の承認」となり、時効は復活(更新)します。ただし、前述の通り、逆に時効援用をされるリスクと隣り合わせです。
まとめ:内容証明はゴールではなく「開始の合図」
内容証明郵便と時効の関係について、重要なポイントを整理します。
- 内容証明を送っても、時効がリセットされるわけではない。
- 得られる効果は「6ヶ月間の完成猶予(一時停止)」のみ。
- その6ヶ月以内に「裁判上の請求(訴訟・支払督促等)」か「債務の承認」を得なければ、時効は完成する。
- 催告による延長は1回きりしか使えない。
「とりあえず内容証明を送っておけば安心」というのは、法律を知らない人が陥る最も危険な罠です。内容証明は、あくまで「これから裁判をしますよ」という宣戦布告であり、時効完成直前の緊急避難措置です。
時効期限が迫っている場合は、内容証明の発送準備と並行して、すぐに弁護士や司法書士に相談し、訴訟や支払督促の準備を進めることが、あなたの財産を守るための唯一の正解です。
