賃貸経営において、オーナー様(大家さん)を最も悩ませる問題、それが「家賃滞納」です。
「電話しても出ない」「いつか払うと言って一向に振り込まれない」……。このような状況が続くと、収入が途絶えるだけでなく、次の入居者を募集することもできず、損害ばかりが膨らんでいきます。
「契約書には『1ヶ月でも遅れたら契約解除』と書いてあるから、すぐに追い出して荷物を処分したい!」
そのお気持ちは痛いほど分かりますが、日本の法律では入居者の権利が非常に強く守られており、感情に任せて行動すると、逆にオーナー様が犯罪者扱いされてしまうリスクすらあります。
この記事では、悪質な滞納者に対して法的に正しく対抗し、最終的な「強制退去(明け渡し)」を見据えた上で、今すぐ送るべき内容証明郵便の書き方と活用法を解説します。
- 契約書にあっても「即時の強制退去」が難しい法的理由
- 絶対にやってはいけない「自力救済(鍵交換など)」のリスク
- 契約解除が認められる「信頼関係破壊の法理」と滞納期間の目安
- 裁判で勝つための「内容証明」に記載すべき必須項目
1. 家賃滞納で「即座に強制退去」はできない?日本の法律の壁
賃貸借契約書に「家賃を滞納した場合、本契約を即時解除し、直ちに退去すること」という特約を入れているケースは多いでしょう。しかし、法的な実務において、この条文通りに即座に退去させることは極めて困難です。
なぜなら、日本の「借地借家法」や過去の判例は、入居者の居住権を強力に保護しているからです。
契約解除に必要な「信頼関係破壊の法理」
過去の最高裁判例において、賃貸借契約の解除が認められるためには、単なる滞納の事実だけでなく、「貸主と借主の信頼関係が破壊された」といえる程度の事情が必要だとされています。
具体的には、「うっかり1ヶ月遅れただけ」では信頼関係が破壊されたとはみなされません。一般的には、「連続して3ヶ月分以上の滞納」があり、かつ催告しても支払われない場合に、初めて法的な契約解除(信頼関係の破壊)が認められる傾向にあります。
絶対にやってはいけない「自力救済」の禁止
ここが最も重要な注意点です。いくら相手が悪くても、オーナー様が実力行使で追い出すことは法律で厳しく禁止されています(自力救済の禁止)。
以下のような行為を行うと、逆にオーナー様が「住居侵入罪」「器物損壊罪」「強要罪」などに問われ、多額の損害賠償を請求される恐れがあります。
- 勝手に鍵を交換して部屋に入れないようにする
- 部屋の荷物を勝手に運び出して処分する
- 深夜早朝の過度な取り立てや張り紙
- ライフライン(電気・水道)を勝手に止める
したがって、どんなに腹が立っても、必ず「法的な手続き(裁判所を通した明け渡し)」を踏む必要があります。
2. 法的効力を最大化する!督促・契約解除通知の内容証明作成術
裁判で強制退去を勝ち取るための第一歩、そして最も重要な証拠作りが「内容証明郵便」です。
ここでは、単なるお願いの手紙ではなく、後の裁判で「適法に契約解除を行った」と認めさせるための構成を解説します。
フェーズによって使い分ける2つの通知
滞納の期間によって、送るべき内容証明の性質が異なります。
① 催告書(滞納1〜2ヶ月目)
まだ信頼関係が完全に破壊されたとは言えない段階です。「〇月〇日までに払ってください」という支払いの督促を主目的とします。ここで「払わなければ解除しますよ」という予告(停止条件付解除)を入れておくのがテクニックです。
② 契約解除通知書(滞納3ヶ月以上)
すでに信頼関係は破壊されたとみなし、「契約を解除しますので、〇月〇日までに退去してください」と通告する書面です。
内容証明に記載すべき5つの必須項目
ご自身で作成する場合、以下の要素が抜けていると法的な効果が薄れるため注意してください。
1. 契約の特定
「いつ」「誰と」「どの物件で」契約したかを明記します。
(例:貴殿と当職との間で締結された、下記物件における令和〇年〇月〇日付建物賃貸借契約に基づき……)
2. 滞納事実の明記
「なんとなく滞納している」ではなく、具体的にどの月の分がいくら未払いなのかを計算して記載します。
(例:令和〇年〇月分から〇月分までの賃料、月額〇万円、合計〇万円が未払いとなっております)
3. 「相当の期間」を定めた催告
法律上、契約解除するには「相当の期間」を定めて支払いを求める必要があります。通常は「本書面到達後、1週間以内(または〇月〇日まで)」といった期限を設定します。
※いきなり「明日出て行け」というのは「相当の期間」と認められない可能性があります。
4. 振込先口座の指定
相手が「振込先がわからなかった」と言い訳できないよう、改めて口座情報を記載します。
5. 契約解除の意思表示(停止条件付解除通知)
ここがポイントです。「期限までに全額の支払いがない場合、改めて通知することなく、その期間の経過をもって本件賃貸借契約を解除いたします」という文言を入れます。
これにより、期限を過ぎた瞬間に自動的に契約解除の効果が発生するため、解除通知をもう一度送る手間が省けます。
3. 滞納発生から明け渡しまでの完全ロードマップ
内容証明を送れば終わりではありません。強制退去までの全体像を把握しておきましょう。
STEP1:電話・訪問・普通郵便での督促(1ヶ月目)
まずは「うっかり忘れ」の可能性を考慮し、電話や手紙で連絡します。連帯保証人がいる場合は、この段階で保証人にも連絡を入れ、協力を仰ぎます。
STEP2:内容証明郵便の送付(2〜3ヶ月目)
滞納が解消されない場合、先ほど解説した内容証明郵便(配達証明付き)を送ります。
この段階で、相手がプレッシャーを感じて支払いに応じる、あるいは自主的に退去の相談に来るケースも多々あります。
STEP3:占有移転禁止の仮処分(裁判準備)
ここからは専門家(弁護士等)の領域になりますが、裁判中に今の入居者が勝手に別の人(第三者)を住まわせてしまうと、裁判の判決がその第三者に効かなくなってしまいます。
それを防ぐために、裁判所に申し立てて「今の入居者を固定する」手続きを行います。
STEP4:建物明け渡し請求訴訟
裁判所に対して訴訟を起こします。内容証明で送った「契約解除」が有効であること(信頼関係の破壊)を主張します。滞納の事実が明白であれば、オーナー側の勝訴はほぼ確実です。
STEP5:強制執行の申し立て・断行
判決が出ても居座る場合、裁判所の執行官に依頼して「強制執行」を行います。鍵を開け、荷物を運び出し、物理的に部屋を空にします。
4. オーナーが知っておくべき「損切り」の決断
ここまで法的手続きを解説しましたが、実際に裁判から強制執行まで行うと、弁護士費用や執行費用で数十万円〜100万円近くのコストがかかり、期間も半年以上かかることがあります。
そのため、実務上は「未払い家賃を免除する代わりに、即時退去してもらう」という交渉(和解)を行うのも賢い選択肢です。
「引越し代」を渡してでも出す?
納得がいかないかもしれませんが、裁判費用を払うよりは、入居者に「今月中に退去すれば滞納分はチャラにする。さらに引越し代として10万円渡す」と提案して、任意退去(合意解約)させた方が、トータルの損失が少なく済む場合があります。
この場合も、後で揉めないように必ず「合意解約書」を作成し、明け渡し期日を確約させることが重要です。
家賃滞納トラブルQ&A
「公示送達」という手続きがあります。
相手が不在で内容証明が戻ってきた場合でも、勝手に部屋に入るのはNGです。裁判所の掲示板に呼出状を掲示することで、相手に届いたとみなす「公示送達」の手続きを利用し、そのまま裁判を進めて判決を取る必要があります。
はい、必ず送ってください。
入居者本人とおなじ内容(または請求書)を連帯保証人にも送付します。本人はお金がなくても、親などの連帯保証人は「裁判沙汰にしたくない」と考え、本人に代わって支払ってくれる可能性が高いからです。
相手への心理的圧力と、法的な正確性です。
オーナー個人名で送るよりも、「行政書士」という法律家の名前が入った通知書は、相手に「本気で法的措置を取ろうとしている」という強いプレッシャーを与えます。また、プロが作成することで、後の裁判で証拠として使えないような不備(記載漏れなど)を防ぐことができます。
まとめ:感情的な対応は禁物。法の手順で確実に解決を
家賃滞納問題は、時間が経てば経つほど被害額が大きくなります。しかし、焦って鍵を交換するなどの実力行使に出れば、オーナー様が不利な立場に追い込まれてしまいます。
重要なのは、「毅然とした態度」と「法的に正しい手順」です。
まずは内容証明郵便を送り、「契約解除のカウントダウンが始まった」ことを相手に通知してください。それだけで解決するケースも少なくありません。
弊所では、オーナー様の状況に合わせ、法的に不備のない強力な督促・契約解除通知書の作成をサポートしております。「もう待てない」と感じたら、すぐにご相談ください。

