「貸したお金が返ってこない」「連絡を無視されている」……。信頼していた友人や知人にお金を貸した結果、このようなトラブルに巻き込まれ、精神的に追い詰められている方は少なくありません。
「警察に相談すれば何とかしてくれるのではないか」と考えるのが自然ですが、実は個人間の金銭トラブルにおいて、警察がすぐに動いてくれるケースは稀です。
この記事では、なぜ警察は介入できないのかという法的な背景から、個人でできる最も有効な回収手段の一つである「内容証明郵便」の活用手順まで、専門的な視点で詳しく解説します。
- 個人間の借金で警察が動かない「民事不介入」の原則
- 警察が動く可能性がある「詐欺罪」との境界線
- 内容証明郵便が借金回収に効果的な理由
- 具体的な作成手順と、送付後の法的フロー
1. なぜ警察は動かない?個人間の借金トラブルと「民事不介入」
友人にお金を貸したのに返ってこない状況は、貸した側からすれば「お金を盗まれた」のと同じような感覚になるかもしれません。しかし、警察署に相談に行っても「当事者同士で話し合ってください」「裁判所の手続きを案内します」と言われ、被害届を受理してもらえないことが大半です。
これは警察が冷たいからではなく、法的な原則である「民事不介入」が大きく関係しています。
民事不介入の原則とは
警察は、犯罪の捜査や犯人の逮捕を行う機関です。一方で、個人間の金銭の貸し借りや契約上のトラブルは「民事事件」に分類されます。
民事事件においては、国(警察権力)が個人の私的な争いに介入すべきではないという原則があります。これを「民事不介入の原則」と呼びます。もし警察が借金の取り立てに加担してしまえば、警察権力が特定の個人の利益のために使われることになりかねないからです。
したがって、単に「お金を返してくれない」という事実だけでは、警察は動くことができません。
警察が動く「事件」になるケース(詐欺罪の成立要件)
ただし、全ての借金トラブルに警察が介入しないわけではありません。最初から騙すつもりでお金を借りた場合は、刑法上の「詐欺罪(刑法246条)」に該当する可能性があります。
しかし、詐欺罪として立件するには、以下の点を証明しなければならず、ハードルは非常に高いのが現実です。
- 欺罔(ぎもう)行為:相手を騙す行為があったか
- 錯誤(さくご):その嘘によって相手が勘違いをしたか
- 交付行為:勘違いの結果、財物を渡したか
- 最初から返す意思がなかったこと:借入時点での内心の証明
例えば、「来月ボーナスが入るから」と言って借りた場合、本当にボーナスが入る予定が全くなかったのに嘘をついたなら詐欺の可能性があります。しかし、「返すつもりだったが、急な出費で返せなくなった」と主張されれば、それは単なる債務不履行(民事)となり、警察は手を出せません。
2. 警察に頼れない場合の次の一手「内容証明郵便」とは
警察が動かない以上、債権者(貸した側)は自ら行動を起こす必要があります。しかし、電話やLINEを無視されている状態で、泣き寝入りをする必要はありません。
法的な回収手続きの第一歩として最も有効な手段が「内容証明郵便」です。
内容証明郵便の法的効果
内容証明郵便とは、「誰が、誰に、いつ、どのような内容の手紙を出したか」を日本郵便が公的に証明してくれるサービスです。これに「配達証明」を付けることで、相手がいつ受け取ったかも証明できます。
内容証明自体に「相手の財産を強制的に没収する」ような法的強制力はありません。しかし、実務上は以下の強力な効果を発揮します。
相手への心理的プレッシャー
普段の生活で内容証明を受け取ることはまずありません。特殊な書式で、郵便局の証明印が押された書面が届けば、相手は「裁判になるかもしれない」「これは本気だ」と直感します。これまでLINEを無視していた相手でも、事の重大さに気づき、連絡をしてくるケースは多々あります。
「催告」による時効の完成猶予
借金には時効があります(一般的に知人間の貸し借りは10年、商事債権などは5年でしたが、2020年の民法改正により「知った時から5年」等に統一されています)。
時効期間が迫っている場合、内容証明で請求(催告)することで、時効の完成を6ヶ月間猶予させることができます。この間に裁判上の手続きを行うことで、時効を中断(更新)させることが可能です。
裁判時の重要な証拠になる
もし将来的に裁判や少額訴訟になった場合、「いつ請求したか」「相手が無視したか」は重要な事実となります。内容証明は、確定日付のある証拠として裁判所に提出できます。
3. 失敗しない内容証明の作成・送付手順
実際に内容証明を作成し、送付するまでの流れを解説します。ご自身で作成することも可能ですが、形式に不備があると郵便局で受け付けてもらえないため注意が必要です。
STEP1:証拠と事実の整理
文章を作成する前に、手元にある情報を整理しましょう。借用書がない場合でも、以下のものが証拠となり得ます。
- LINEやメールでのやり取り(「貸して」「いつ返す」等の発言)
- 銀行の振込明細(相手にお金を渡した記録)
- 通帳の出金記録と、その日時のメモ
STEP2:書面の作成(必須項目)
内容証明には厳格な文字数・行数のルールがあります(例:縦書きなら1行20字以内、1枚26行以内など)。また、書くべき内容は感情的な訴えではなく、客観的な事実と要求です。
- タイトル:「通知書」「催告書」「請求書」など
- 事実関係:「貴殿に対し、令和〇年〇月〇日、金〇〇円をお貸ししました」
- 現状の指摘:「弁済期である令和〇年〇月〇日を過ぎても、入金が確認できておりません」
- 請求内容:「本書面到達後、〇日以内に下記口座へ元金および遅延損害金をお支払いください」
- 法的措置の予告:「期限内に支払いがなされない場合、法的手続き(訴訟・差押え等)に移行します」
- 日付・差出人・受取人:正確な住所と氏名
- 振込先口座情報:銀行名、支店名、口座番号、名義
STEP3:郵便局での発送またはe内容証明
作成した文書(正本1通、謄本2通)を郵便局の窓口に持ち込むか、インターネット上で手続きが完結する「e内容証明(電子内容証明)」を利用します。
近年では、24時間対応で郵便局に行く手間がない「e内容証明」を利用するケースが増えています。Wordなどで作成したファイルをアップロードするだけで発送手続きが可能です。
4. 内容証明を送った後のシナリオと対応
内容証明を送った後、相手がどのような反応を示すかによって、次の対応が変わります。主に3つのパターンが考えられます。
パターンA:全額支払われる
最も理想的な展開です。相手がプレッシャーを感じ、指定口座に入金があれば解決です。領収書を求められた場合は発行してあげましょう。
パターンB:連絡が来て「分割払い」を提案される
「一括では無理だが、少しずつなら返せる」と連絡が来るケースです。この場合、口約束だけで済ませるのは危険です。
必ず「和解契約書(債務承認弁済契約書)」を作成し、具体的な分割回数や、支払いが遅れた場合のペナルティ(期限の利益の喪失)を書面で残しておきましょう。
パターンC:無視される・受取拒否される
残念ながら、内容証明を送っても無視を決め込む、あるいは受取を拒否される場合があります。しかし、ここで諦めてはいけません。
内容証明を送ったという事実は残っていますので、次のステップである法的手段へ移行します。
- 支払督促:簡易裁判所の書記官を通じて支払いを命じてもらう手続き。書類審査のみで行えるため、比較的低コストです。
- 少額訴訟:60万円以下の金銭請求に特化した裁判。原則1回の審理で判決が出ます。
- 通常訴訟:金額が大きい場合や争点がある場合に行います。
5. プロに依頼するメリットと「自分でやる」リスク
内容証明は個人でも作成可能ですが、専門家(行政書士や弁護士)に依頼することで、回収の成功率が高まる場合があります。
行政書士名義での作成による効果
通知書の差出人欄に「行政書士 〇〇〇〇」という職名と職印が入ることで、相手に与えるインパクトが格段に強くなります。「専門家が出てきた」「法律に則って請求されている」と相手に認識させることで、無視できない状況を作り出します。
また、法的に不備のない文章を作成できるため、後の裁判等で「文章が曖昧で無効だ」と反論されるリスクを防げます。
違法な取り立て(恐喝・脅迫)のリスク回避
ご自身で作成する場合、怒りのあまり「会社にバラすぞ」「家族に払わせるぞ」といった過激な文言を書いてしまうことがあります。
このような表現は、逆に「恐喝罪」や「脅迫罪」に問われるリスクがあり、相手から逆に訴えられる原因になりかねません。専門家が作成・監修することで、適法な範囲内で最大限強く請求する文面を作成できます。
よくある質問(Q&A)
はい、送れます。
法律上、金銭消費貸借契約(お金の貸し借り)は口頭の合意だけでも成立します。借用書がない場合、メールやLINEの履歴、通帳の出金記録などが証拠となります。内容証明を送ることで、「返済を求めた」という事実を公的な証拠として残すことができます。
住所の特定が必要です。
内容証明郵便は相手の住所宛に送る必要があります。実家や勤務先を知っている場合は、そこに送ることも検討できますが、名誉毀損などのリスクに配慮が必要です。行政書士や弁護士に依頼する場合、職権によって住民票の写し等を取得し、現住所を調査できる場合があります(※正当な理由がある場合に限ります)。
内容証明だけでは差し押さえはできません。
強制執行(差し押さえ)を行うには、「債務名義(確定判決や仮執行宣言付支払督促など)」が必要です。内容証明はあくまで「話し合いでの解決を強く求める」段階です。差し押さえを行うための前段階として、内容証明が重要な役割を果たします。
まとめ:泣き寝入りする前に、まずは「意思表示」を
個人間の借金トラブルにおいて、警察は「民事不介入」のため頼りにならないことがほとんどです。しかし、それは「何もできない」という意味ではありません。
待っているだけでお金が返ってくることはまずありません。相手は「このまま逃げ切れる」と思っている可能性があります。
内容証明郵便という「形に残る強い意思表示」を行うことで、事態が動き出すケースは非常に多いのです。
ご自身で作成するのが不安な場合や、相手との交渉にストレスを感じる場合は、内容証明作成のプロである行政書士にご相談ください。あなたの状況に合わせた最適な文面で、問題解決をサポートします。

